Vol.26『野人は永遠!生涯プロレスラー宣言‼︎』
■体だけどなく心もデカい‼︎生涯プロレスラー・中西学‼︎
2020年2月22日。《野人・中西学》引退。
その3日前には、名レフェリー・タイガー服部も引退。
新日本プロレス後楽園ホール4連戦は、世間より一足早い別れの春となった。
中西は、ケガから復帰後スポット参戦が続き、チャンスも殆どなかったと記憶している。動きも悪く、引退は時間の問題かと思って見ていた。
しかし、その時が決まると寂しいものである。デビュー時からリアタイで見てきた訳ではないのだが、第3世代が前座からメインへ登り詰める様をずっと見てきたからだろう。喜びも怒りも苦しみも悲しみもファンとして共感してきたからだろう。
もちろん涙もあったが、中西らしく明るい引退だった。体だけでなく心もデカいのだ、この男は。本当に優しいゴリラである(褒め言葉)。
中西は「1度プロレスラーになったからには死ぬまでプロレスラー」と、リングを下りても《プロレスラー・中西学》として生きていくことを宣言した。
今後の中西の人生に心からエールを贈りたい。そして、中西学の名試合BEST3(週刊リング版)を少しばかり振り返りたい。
■中西学ベストバウトセレクション
第3位《vs武藤敬司・99年8月15日》
なんと言っても外せないのが、優勝を決めた99年G1決勝。第3世代の台頭が期待されていた今大会で、見事結果を出してみせた中西。しかも、この時、実は開幕前に怪我をしていた事を最近知ったことに驚愕した。リアルタイムで見ていたが、まさか中西が優勝するなど思ってなかったので衝撃だった。ニュースター誕生に両国が大きく沸いていたのが印象的。
第2位《vs武藤敬司・08年7月21日》
またもや武藤敬司戦をチョイス。外敵としてIWGP王者となった武藤に中西が挑んだ。結果、敗戦したものの、ミサイルキックやプランチャなど強烈な野人ぶりをコレでもかと見せつけた中西。当時、“天才対決”と銘打たれていたこの試合、内容はテッパンであったと思う。
IWGP王者・中西学の初防衛戦であり、私の生涯ベストバウトでもあるこの試合。これも中西が敗れはしたものの、IWGP奪取時以上に激しい攻めを見せてくれた。これを耐え抜いた棚橋は流石としか言いようがない。どちらかといえば棚橋のベストバウトになるかもしれないが、それも中西あってのモノ。個人的にはこの試合が中西のベストバウトであると思っている。
■その強さ、霊長類最強といってもいい!
こうして見返してみると第3世代の歴史というのは、『vs闘魂三銃士』『vs新闘魂三銃士』の闘いであったと思う。また、新日本で闘い続けた中西、永田、天山に関しては、『vs外敵』でもあった。《中西学vsボブ・サップ》という試合も中西だからこそ成立した試合だったと思う。
また、中西は総合でも《PRIDEの番人 ゲーリー・グッドリッジ》に勝利しており、その才能や潜在的な強さは霊長類最強といってもいいと思う。もし、藤田和之と同様に中西が総合に専念していたなら、日本人最強の座は中西が手にしていたことだろう。
皆に愛された中西学。
本当に今までありがとうございました!
『プロレスラー・中西学』になったこと。そして、これからもそうであること。本当に感謝しかない。
リングを降りても、プロレスラーである事を選択した中西の今後の人生を週刊リングは応援し続けます。
以上、次回またリングの上で。